【特集】第77回 早慶クラシコ(3)早慶主務

■慶應義塾体育会ソッカー部主務 神志那 太一さん(慶應義塾高校出身・4年)インタビュー

――選手としてピッチに立つのとはまた違い、学生スタッフとして大会の準備や運営を担いましたが、今回の早慶戦を終えていかがでしょうか。

神志那さん「1年生の時に初めて早慶戦を見て、学生だけでこれだけの熱量、これだけの規模の大会をつくることができるんだということに、すごく憧れを持ちました。

2年生になった頃の自分は、メンバー選考にもまったくかすらないような選手で、早慶戦当日も試合を見ることができるような立場ではなく、別の場所で仕事をしていました。それでも、早慶戦が近づいてくると、先輩方の練習の雰囲気が明らかに変わっていくのが分かるんです。

当時、自分はBチームやCチームにいるような選手でしたが、そういう立場の自分でも身が引き締まるくらいの空気がありました。チーム全体が一つになって早慶戦に向かっていく。その感覚は、下のカテゴリーにいた自分にもすごく伝わってきました。

だからこそ、自分が3年生、4年生になって、今度は学生スタッフとしてチームをまとめ、一体感をつくっていくことを先導しなければいけない立場になった時には、その難しさをすごく感じました。

自分が下級生だった頃には、先輩たちがつくってくれていた雰囲気を見ている側でした。でも、いざ自分がそれをつくる側になってみると、当然ですが一筋縄ではいかない。自分自身の力不足もありましたし、チームメイトに迷惑をかけてしまったこともあります。周りにいろいろな負担をかけてしまった部分も大きかったと思っています。

それでも、今回の早慶戦を終えて一言で表すとすれば、本当に『感慨深い』という言葉になると思います。

自分は4年間、一度も早慶戦のメンバーに入ることができませんでした。試合に出場することもできなかった。それはもちろん、選手としてすごく悔しいです。

ただ、その悔しさを胸を張って上回るくらい、このチームの一体感を感じることができました。そして、自分がどれだけこのチームのことを好きなのかということも、改めて感じました。

試合が終わった時、自然と涙が出てきました。その時に、『自分は本当にこのチームが好きなんだな』と感じました。

選手としてピッチに立てなかった悔しさもあります。学生スタッフとしてうまくできなかったことや、周りに迷惑をかけてしまったこともあります。

それでも、いろいろな立場の部員が一つになってこの早慶戦をつくり、最後まで戦うことができた。一言ではなかなかまとめることができませんが、本当にいろいろな想いが込み上げてきた早慶戦だったと思います」

■早稲田大学ア式蹴球部主務 関 紀信さん(早稲田実業高校出身・4年インタビュー)

――選手としてピッチに立つのとはまた違い、学生スタッフとして大会の準備や運営を担いましたが、今回の早慶戦を終えていかがでしょうか。

関さん「もともと、このピッチに立つことが自分の中で一つの目標でしたし、そのために頑張ってきた部分もありました。ただ、主務となって、今度はこの試合を運営する側として関わることができたのは、すごく幸せなことだったと思っています。

もちろん、大変なこともたくさんありましたが、その分、学べたことや、この立場だからこそ見ることができた景色もありました。今回の早慶戦も含めて、自分にとって本当に有意義な経験になったと思います。

今はただ、この試合に関わってくださったすべての方々に、感謝の気持ちでいっぱいです」

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