ブラインドサッカー日本代表落合啓士選手 インタビュー

hamatra paper vol.105(10/19 サンフレッチェ広島戦 )に掲載しました、特集「視覚障がい者にとってのスタジアム 〜音で空気で感じるサッカー〜 」。

本特集でインタビューさせていただいたブラインドサッカー日本代表、落合啓士選手ご本人に許可を頂き、インタビューの全文を hamatra.comで公開することとなりました。

hamatra paper vol.105特別編として、印刷紙面には載せきれなかったインタビューの全文をお届けします   (聞き手 P-TANG/みずき)。

◯プロフィール

落合啓士(おちあいひろし)

1977年8月2日に横浜で生まれる。10歳の頃から徐々に視力が落ちる難病を発症し、18歳で視覚障害者となる。26歳でブラインドサッカーに出会い、その後日本代表に選出。大阪、東京での生活を経て2012年より横浜へ。生まれ育った横浜の街をサッカーで良くしたいという思いのもと精力的に活動中。


見えなくても、テレビより生観戦が良い

P-TANG:落合選手のプロフィールを教えてください。

落合選手:横浜生まれ横浜育ちで、10歳の頃から徐々に視力と視野がなくなっていく難病を発症して、18歳で視覚障害者として生きていくことになりました。そのあとマッサージの資格を取って、2003年(26歳)にブラインドサッカーと出会い、ブラインドサッカー日本代表に選ばれました。2010年から横浜の「buen cambio yokohama」っていうチームでプレーしてます。「ブエンカンビオ」はスペイン語で「良い変化」という意味なんです。サッカーと出会うことで、色んなものが良い方向に変化してもらいたいという思いでつけました。

以前は関西の方がブラインドサッカーが盛んだったので、2004年に引っ越して、2008年の夏まで大阪でプレーしていました。でも2007年くらいに関東のブラインドサッカー熱が関西よりも高まったので、今度は東京に引っ越しました。財政難の横浜市よりも、障がい者に対する行政のサービスが良かったので東京都に住んでいたのですが、「サッカーで横浜の街を良くしたい」と思い、今年の8月に生まれ育った横浜に帰ってきました。

P-TANG:横浜F・マリノスはいつごろから応援しているんですか?

落合選手:Jリーグ開幕当初からです。でも実際にF・マリノスの試合に行ったのは、恥ずかしながら今年が初めてなんです。それまでは自分自身もスタジアムに行く勇気が持てなくて、テレビで観戦したりしていました。テレビ放送が少なくなってきた時期は、結果だけチェックする感じでしたね。

2年前から日本代表の試合を、スタジアムで応援するようになりました。代表のゴール裏でサポーターの方と仲良くなって、「一緒に行こうよ」と誘われるようになって。行ってみたら、ゴール裏はとても楽しい場所でした。代表の試合によく行くようになってから、友だちと「横浜をもっと良くしたいね」って話をしていて。「横浜」についてインターネットで検索したら、「NPOハマトラ」が出てきたんです。「横浜の街をフットボールで良くする」って書いてあって、これはリンクしなきゃと思いました。それで代表のサポーターの方に、ハマトラの代表の方を紹介してもらって。本当に人の縁でF・マリノスの試合に行くようになりました。

やっぱり生観戦はいいですよね! 僕にはピッチの様子は見えないし、テレビ中継みたいな解説はないけれど、ゴールを決めた時の感動とか。みんなでハイタッチするような空気感や、負けた時の悔しさもスタジアムのほうがテレビ観戦より何倍も大きい。スタジアムでの観戦は、みんなと一喜一憂できるのが面白いなと思います。


スタジアムでの応援スタイル

P-TANG:試合の楽しみ方は?

落合選手:日産スタジアムへは友だちと行くことが多いです。隣でピッチの様子を解説してもらって、試合を頭の中にイメージしながら観ます。1人で行く時は、ゴール裏に入る場合は、できるだけ応援をします。もちろんピッチでどんなプレーが起きているかは全然わかりませんが、応援をすることで「試合に参加している」楽しさを味わっています。応援が、辛い時に選手の背中を押してくれているという事は自分もプレーヤーの立場で実感しているので、ゴール裏に行く時はできるだけ大きな声で応援しています。

iPhoneを使って、スカパーオンデマンドの中継音声を聞きながら観戦する事もあります。タイムラグがあるので、実際の試合より1分くらい遅れた実況・解説になりますけど(笑)。やっぱり、ゴール裏で応援するのが一番楽しいですね。


クラブとサポーターにできること

P-TANG:視覚障害の人に、もっとスタジアムに足を運んでもらうために、クラブとサポーターにできることはありますか?

落合選手:たとえば磐田や仙台、川崎、セレッソ大阪などは、インターネットラジオなどを使ってホームゲームを実況中継してるんです。仙台や川崎はスタジアムでラジオの貸出もしています。これは隣でピッチの様子を解説してもらわないと試合の様子が分からない視覚障害には大変ありがたいサービスで、「なぜ日産スタジアムではできないのかな?」って思います。まだ三ツ沢ならピッチが近いので、ボールの蹴る音が聞こえたり選手同士の声が聞こえたりして楽しめる。でも、日産スタジアムはスタンドからピッチが遠く、音も聞こえないってなると、何をしているのか全くわからない。

私の場合は自分のプレー経験から、例えば笛の吹き方で「今の結構なファウルだな」とか「あぁ、やり直しなのかな」ってイメージしたりできます。でもサッカーがわからない人が来た時に「音だけで楽しむ」となったら、ラジオ実況みたいなものは必要なので、ぜひF・マリノスにもやってほしいと思います。


ある日のスタジアムでの出来事

P-TANG:F・マリノスには「車いすチケット」という車椅子の方と介添人に対する割引補助はありますが…。

落合選手:そうですね。視覚障害者には無いですね。でも、別にそこは視覚障害だからって割引しなくても、他のファンと同じくらい試合を楽しめて、行った価値があればそれでいいと思いますよ。

3月にマリノスの試合に行った時に、嬉しかった事と、残念に思った事がありました。嬉しかったのは、チケット売り場を探してたら、マリノスファン歴の長そうな60過ぎのおっちゃんが「チケット買うの?」って声をかけてくれて、「じゃあこっち」って売り場までアテンドしてくれたんです。チケットを買った後も、スタジアムスタッフの人に「この人目悪いから、お兄ちゃんちょっとサポートしてあげて」と言ってくれて。すごく嬉しかったです。視覚障害者を見つけた時にパッと「サポートしよう」となってくれた。もっと色んな人にも浸透していけばいいなと思います。

残念だったのは、自由席のチケットを買ったんですが、アテンドしてくれたスタジアムスタッフの方が僕を車椅子席に案内して、そこにわざわざパイプ椅子を出してくれたんですね。僕は車椅子席で見る必要はないのに「障害者」として、ひとくくりにされてしまった。確かにそのほうが安全かもしれないけど、僕はゴール裏の応援のところに行きたいのに、車椅子席は端のほうだったのでちょっと残念だったなって。ここは少し改善の余地があると思います。

みずき:その試合は結局、その場所で見たんですか?

落合選手:そうですね。わざわざ係の人をずっと付けてくれて。「何かあったら後ろにいますので」と言われて。僕は「いや、大丈夫ですよ」とは言ったんですけど、「でも後ろにいます」と。「じゃあ、ここで観るか」ってなりましたね。

P-TANG:それもやっぱり、理解が足りないから…

落合選手:そうですね。もちろんスタッフの方も、良かれと思ってしてくれた訳で。だから僕も「いや、応援のところに行きたいんだよ」とはあえて言いませんでした。そこの相互理解がもっと進めばいいなと思います。障害者にも色んな人がいるので、まずは「その人が何を求めているか」を聞くことが大事だと思います。例えばスタジアムに入ってきた人に「今日はどこで観戦したいですか」とか。観戦に訪れたファンと、スタジアムスタッフがもっと気軽にコミュニケーションをとれるといいなと思います。


1人でスタジアムを動き回るのは大変…

みずき:試合当日のスタジアムの中は人が多くて、歩く時は大変じゃないですか?

落合選手:大変と言えば大変ですけど、逆に人がいっぱいいる事で、足音が聞こえて、階段の場所がわかったりもします。声をかけて助けてくれる方にも、人が多いほど出会える確率が上がるのでそれはそれでありがたいなと。

みずき:ゆいちゃん(注:hamatra paper vol.105参照)とスタジアムでよく会うんですけど、スタジアムの中でたまに迷子になっちゃって、一緒に応援している仲間に電話して迎えに来てもらってるみたいなんです。1人で来た視覚障害者にも、そういうサポートができたらだいぶ違うのかなと思います。

落合選手:確かにそうですね。1人でスタジアム内を歩いて自分の席に戻るのは、結構大変です。

みずき:困ったときに電話をかけられるシステムとかあれば、視覚障害者の方もスタジアムでずいぶん楽になるんじゃないかと思います。

落合選手:それいいですね、ヘルプセンターとか。でも人に聞く勇気がある視覚障害者だったらいいんですが、まだ聞けない視覚障害者も結構いるので。シャイな人は「ここは何番ゲートですか?」と聞くのも難しいかもしれません。でも、そういう人でもスタジアムにサッカー観戦に来ると、何か変わるキッカケがあるんじゃないかと思うんです。


欧州とのブラインドサッカー環境の違い

落合選手:2010年から大口の盲学校を拠点にブラインドサッカーのチーム作って、ほぼ毎週日曜日の午後はそこで練習しています。関東で8月末から12月末までリーグ戦が、3月と6月にはカップ戦があるので試合も頻繁にやってます。日本代表にも参加していて、来年の秋には日本で世界選手権が開催されます。

P-TANG:練習は週に何回くらいですか?

落合選手:チームでは週に1回ですけど、個人練習で週に3日くらいはボールを触って練習してます。あとは新横浜のラポールでトレーニングしたり。

P-TANG:以前、イギリスの映画を観た時に、日常の何気ないワンシーンで健常者の主人公がブラインドサッカーに興じてるシーンがあったんです。海外だともっと気軽に、ブラインドサッカーに参加できるのかなと思ったのですが。

落合選手:そうなんですよ。ヨーロッパは本当に凄いです、特にイギリスは。ヨーロッパだと、ブラインドサッカーも基本FIFAの傘下に入っていて、代表のユニフォームも同じデザインだったり。イギリスでは遠征費や活動資金もFAが出すので、栄養士やマッサージ師も付いて遠征に来るんです。でも日本のブラインドサッカー代表はJFAの傘下にないんですね。だから僕らは、基本的に遠征費は自腹です。

JFAは文科省、障害者スポーツは厚労省の管轄なので、なかなか難しくて。でも、来年その2つが「文科省」に一本化されるかもしれないという新聞記事があったので、それが本当であれば障害者スポーツ、ブラインドサッカー代表の環境も変わり始めるかもしれません。


人と人の関わりが、取り巻く環境を良くする

落合選手:10月26日の土曜日に、日吉の慶応大学のフットサルコートで、ブラインドサッカーのリーグ戦があります。「慶応フットサルアドベンチャー」で検索すれば出てきます。

P-TANG:これは、誰が行ってもいいんですか?

落合選手:はい。ブラインドサッカーの体験もできます。試合観戦は無料で、しかも僕のチームのホームゲームです。ブラインドサッカーは何も見えないので接触プレーが激しくて、見ていて興奮すると思いますよ。みなさんに観に来てもらって、色んな広がりができて、視覚障害者もF・マリノスのサポーターと知り合えれば、「じゃあF・マリノスの試合に行こうかな」とか…。単純ですけど、そういうのって大事だと思うんですよね。「あの人たちに会いに行こう」みたいな。

P-TANG:スタジアムのホスピタリティ整備が足りてないせいで、観戦に足が遠のいている人もいるのかな、と思うのですが。

落合選手:これは漠然としたイメージなんですけど、日産スタジアムは大きい分、一体感を生み出すのは難しいですね。ゴール裏の中心とその周辺だけが盛り上がっていて、まわりはちょっと手を叩いたりしているんだけど、音が拡散してしまってるとか。ホスピタリティとは違うことだけど、もっと上手くできないかなって思います。

P-TANG:それは、僕たちサポーターも考えないといけない事ですね。

落合選手:周りを見て、はじの方で恥ずかしそうに手を叩いてる人がいたら、その人をどう巻き込むかですよ。歌詞が分からないんだったら「一緒に歌おうよ」と教えてあげるとか。

スタジアムのホスピタリティやサービスって、極論なんですけど、満足度を上げるのは「人と人」だと思います。インフラ整備で段差をなくすとか、ラジオ実況も大事ですけど、それがなくても隣で実況してくれる友だちを作ればいいわけで。人と人が仲良くなれば、クラブが用意するホスピタリティやサービスって、そんなに必要ないなって感じなんですよ。ファン・サポーターが障害者を受け入れる、それまでの過程が難しいですけど、その過程をどう作っていくかですよね。例えばお互いのイベントに足を運んでもらう上手いやり方を作ったり、そこで仲良くなる方法を考えたり。


日常生活でも、どんどん声をかけて

落合選手:いつもは内気な人たちが、スタジアムにサッカー観戦に来ればハジけると思うんです。視力が悪くなって視覚障害者として生きていくと決断する時、やっぱりネガティブになるんですね。それは誰しもあると思います。ネガティブをポジティブに変えられるキッカケが、僕の場合サッカーだったんで、やっぱり「サッカーで色んなものを良くしたい」って思います。

P-TANG:僕らもスタジアムで障害者の方への理解が深まったら、実生活でもそれを役立てられるんじゃないかと思うんですよね。

落合選手:そうですよね。街中とか駅でも普通に接する事ができたり。そうしたら横浜の街が、どんどん良くなっている。

P-TANG:なかなか障害者の方に、気軽に声をかけられないっていうのは皆あると思うんですよ。「本当に声かけていいのかな?」って。

落合選手:勇気を出して「大丈夫ですか」って声をかけた時に、断られてしまいショックだったという話も聞いたことがあります。自分の行為を拒絶されたと思うとガッカリですが、ちょっと捉え方を変えて、「断るという事は、その障害者に自分でなんとかする能力があるんだな」と思ってほしいです。そういう温かい目で見てもらえば、断られてもあまり嫌な気持ちにはならないのでは。ただ、声をかけてもらった方が有難いので、どんどん声かけてもらいたいなと思います。

P-TANG:ちょっとお節介なくらいがいいんでしょうか?

落合選手:大阪に住んでいた頃は、100m歩くと5人くらいに声かけられました(笑)。スーツを来て朝の通勤時間に歩いていたら「お兄ちゃん大丈夫?」って言われて「はい、大丈夫です」って答えて、また歩いてると、「お兄ちゃんどこいくの?」「会社でーす」って。もう少し歩くと今度は、「お兄ちゃん、ちょっと前に段差あるで」「はい、ありがとうございまーす」みたいな(笑)。それくらいのほうが、お節介かもしれませんけど、温かくていいです。

P-TANG:じゃあ僕らも、どんどん声をかければいいんですね。

落合選手:声をかれる時は、「何かお手伝いすることはありますか?」と言えば、能力がある人なら「私いつもここ歩いているので大丈夫です」と答えるでしょう。ちょっとでも助けてもらいたい人は本当に助かって「実はこうこうこうで…」って言うと思うので、そういう聞き方が良いと思いますよ。

P-TANG:今回の特集を読んでくれた人に、知っておいてほしい事はありますか?

落合選手:うーん、そうですね…。もしかしたら皆さんは、「視覚障害者の人、障害者はかわいそう」と思っていませんか? 必ずしも「五体満足なら幸せ」とは限らないのと一緒で、「障害がある=かわいそう」ではありません。僕たちも楽しく生きてるので、「そういう固定観念があるともったいないですよ」という事は、講演会などでもよく話します。

サッカーって、ボール1個あれば――僕らだったらカラカラ音が鳴るボールがあれば、目の見える人とも一緒にボールを蹴れるわけじゃないですか。よく「外国に行ってもボールひとつでコミュニケーションが取れる」とか言いますけど、障害の有る無し関係なく、ボール1個あれば誰とでも仲良くなれるのが「サッカー」の素晴らしいところです。そのサッカーを好きな人たちに、隔たりはないと僕は思いますよ。